カワサキ創成期のエピソード

カワサキ=川崎重工業株式会社は、今でこそ世界に名だたる巨大カンパニーだが、その創成期には当時ならではのストーリーがある。この企画は、それらストーリーの当事者たちに直接話しを伺った回顧録である。

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ヨシムラ

当時を知っているからこそわかることがある。混沌とした時代にこそ、我々は忘れつつあるカワサキ創成期のあらゆるエピソードを今に伝え、その想いを受け止めるべきではないだろうか。今回は、まだワークスライダーといった概念が薄かった時代、ワークスライダーとしてカワサキと契約した男が、赤タンクで快進撃を続ける過程とその背景を語る。

走る場を六甲山からサーキットへ移す

エンジン供給メーカーとして二輪事業にたずさわっていたカワサキが、設計・開発から製造まで一貫して取り組んだ最初のバイク、B8を完成させたのは昭和37年のことであった。その翌年、兵庫県・青野ヶ原で開催されたMFJ兵庫県支部主催第1回モトクロス大会に、カワサキはB8をレース用に改造して参戦すると、125ccクラスで1位から6位までを独占する偉業を達成する。

青野ヶ原での優勝に自信をつけたカワサキは、参戦車両のガソリンタンクを赤に統一し、昭和38年8月、福井県・九頭竜で開催されたMFJ福井県支部モトクロス大会で、50cc、125cc、250cc、オープンの4クラスで優勝し、観衆を驚かせた。この4クラスで優勝をしたライダーが歳森康師である。

14歳で原付免許を取得した歳森は、地元・兵庫県の六甲山や再度山の周辺道路を走りまくっていた。バイクに乗り始めたのは、仕事でスーパーカブに乗っていた父親の影響が強く、父親のバイクを借りて自宅周辺の山道にひんぱんに出かけていた。父親は三ツ星ベルトに勤務しており、ベルトコンベアのベルトやバイク・自転車のタイヤといった工業製品向けのゴム製品の製造にたずさわっていた。その取引先の自動車屋のオーナーが、モトクロスに参戦していた片山義美※1と親交が深く、あるとき歳森は、その自動車屋のオーナーからモトクロスの観戦に誘われる。

※1 片山義美:昭和15年5月15日生まれ。兵庫県出身。昭和36年に第4回全日本クラブマンレースでデビューし、いきなり350ccクラスで優勝する。以後も勝ちを続け、昭和39年四輪レースにデビュー。F2といったスプリントレースの他、デイトナ24時間レースやル・マン24時間レースでも活躍

「そのころ僕は、六甲山とかをカブで走っていただけでレースには出ていなかったんですけど、モトクロスを観に行ってから、だんだんモトクロスに興味がわいてきてね。片山さんを紹介してもらって、木の実クラブに入ったんです」

木の実クラブとは、後の神戸木の実レーシングであり、片山が創設したレーシングチームで、昭和30年代の名門レーシングチームである。本格的なサーキットがなかったこの時代、レース参戦に向けた練習は公道を使用することを余儀なくされ、木の実レーシングは六甲山のワインディングを使用していた。六甲山トレーニングと称されたこのトレーニングは、六甲山を通る往復30km近いワインディングを利用して毎日早朝に決行され、4年間1日も休まず続けられた。モトクロスにあこがれた者のうち、六甲山トレーニングへの参加を希望する者は多く、歳森もそのうちの一人であった。

「これがまた、片山さんは走るのが好きなんですわ。もともと練習で六甲を走りまくっていましたから。もう、毎日! だから、片山さんと約束とかしなくても、再度山に上がって行ったら、片山さんがピューって走っていたりしてね」

4年間続いた六甲山トレーニングだったが、やがて終息に向かう。

「やっぱりね、今みたいに交通量が多くないとはいえ、危ないでしょ。私の目の前で、一人は事故で亡くなりましたし、一人は重傷で何日も意識不明とかね。私も転んだこともありましたしね。それで山を走りまわるのは止めたんです。遊びには上がっていましたけど、練習としては走らなくなりましたね」

練習として山を走らなくなったのは歳森だけでなく、六甲山トレーニングに参加していた他のライダーも同じだった。ちょうどそのころ、サーキットコースを主体としたモータースポーツ施設、生駒テックが奈良県に開園する。生駒テックでは、モトクロスやトライアルも開催され、歳森たちの練習の場はこの生駒テックに移った。

歳森が初めてレースに参戦したのは15歳のときで、まだカワサキのワークスライダーではなく、ホンダ・CP300をモトクロス用に改造した車両での参戦だった。いうなれば、カワサキのライバルともいえた。

歳森は、和歌山の紀ノ川、そして生駒テックなどで開催されたモトクロスにCP300やスポーツカブ50で参戦し、スポーツカブ50では若くして優勝の実績も残す。

その歳森の活躍が、カワサキのチームスタッフの目にとまる。

「全関西モトクロスが生駒テックであったわけ。僕もエントリーしていてね。そのときカワサキが赤タンクで4、5台エントリーしてきたんですよ。でも、そのときまだカワサキにはワークスライダーはいなかったでしょ。だから、量産車のテストライダーがエントリーしていたんですよ。それで日曜日の本番の朝ね、赤タンクが1台余っているから125ccクラスにカワサキから出ないかって、カワサキのチームスタッフが私に声をかけてきたんですよ。それで、赤タンクに乗って出たんです」

歳森にとって初めて乗る赤タンクだった。しかもぶっつけ本番で結果は2位、カワサキ勢としてはトップの戦績を残してしまう。

「B8はカブとCP300の中間くらいの排気量で、2ストロークでも乗りやすかったですよ。モトクロスとかトライアルは、当時は2ストロークの方が有利でしたからね」

歳森の結果に驚いたのはカワサキだった。レース終了後、歳森は明石工場にまねかれる。

「カワサキも本格的にレースをやるから、ワークスライダーとして契約してほしいという話が出たんですよ。おそらくこのときからだったんじゃないですかね、カワサキがワークスライダーをそろえ始めたのは。こういっちゃなんですけど、いきなり赤タンクに乗った他のチームの専属ライダーが、ぶっつけ本番で2位でしょ。カワサキも、ワークスライダーをそろえなイカンと思ったんと違いますか」

このとき昭和38年、歳森が16歳のときだった。以後歳森は、カワサキのワークスライダーとして全国各地を転戦することとなる。

この転戦がハードスケジュールだった。月2戦の年間24戦、90cc、125cc、250ccの3クラスは必修で、オープンクラスが開催されるレースに関しては1戦につき4クラスに参戦した。総じて年間に72〜96のレースに参戦していたことになる。ただしこれはモトクロスだけの話で、加えてロードレースにも参戦していたのである。この時代、モトクロスとロードレースのかけもちが当たり前で、多くのライダーが両方のレースに参戦していた。このハードスケジュールのなか、カワサキの赤タンクは快勝を続けた。

「でも、パワーがあったのはヤマハ、スズキ、トーハツですけどね。カワサキは後発やし。とくにトーハツはマシンもライダーの腕もよかったからね。メカはね、当時カワサキはまだ遅れていましたよ。レース前にこっそりと他のチームのマシンに乗ってカワサキのと乗り比べたりしたんだけど、やっぱり他のマシンはパワーがあるなって。でも、そんな強豪ぞろいのなかで、カワサキが上位に食い込んでいけたのは人的な要因が強かったのと違うかな。ファミリー的とでもいうんかな…。そりゃレースだからね、和気あいあいというわけじゃないんだけど、みんな一心同体とでもいうんかな。会社のトップもメカニックも一緒になってね。だって本チャンの前、開発のトップとか設計課長がね、ポート研磨したシリンダーブロックを背負って会場に入ってきたと思ったら、メカニックと一緒に夜遅くまでカチャカチャ整備したりしてね。みんなレースがホンマ好きでしたわ」

ワークスライダーとしてはカワサキだけに在籍し、他のチームに移籍をしなかった歳森は、22歳のとき四輪に転向する。とはいえ、ライダーでありながらレース用マシンをいじり、年間72〜96のモトクロスと、ロードレースへのスポット参戦をこなしていた歳森にとって、カワサキワークス時代は、レース参戦に対する姿勢を身につけるには十分な時代だった。最後、歳森はそのように語ると、カワサキワークス時代の写真がキレイに整理されたアルバムを懐かしそうに眺めた。

[証言者・歳森康師]ワークスライダー創成期
メグロが製作した車両をモトクロス用に改造したマシン、アミカスポーツにまたがる歳森。昭和41年、歳森が20歳のときで、50ccのモトクロスに参戦したときの写真である
[証言者・歳森康師]ワークスライダー創成期
昭和30年代から昭和40年代初頭にかけて、モトクロスとロードレースをかけもちするライダーは多かった。歳森も全日本グランプリなどにA1Rでスポット参戦した。写真は昭和41年にFISCOでのスタートシーン
[証言者・歳森康師]ワークスライダー創成期
赤タンクのライバルだったのはトーハツ、ヤマハ、スズキの先発メーカーのマシン。写真の鈴鹿サーキットのモトクロス場では、トップを走る#12のトーハツ、2位につける#80のヤマハを、#41の歳森がB8で追う
プロフィール・歳森康師

昭和21年9月15日生まれ。兵庫県出身。昭和38年にワークスライダーとしてカワサキと契約。カワサキの赤タンク時代を築いたうちの一人で、B8とF21Mでモトクロスに参戦する。22歳までカワサキと契約するが、その後四輪レースに転向。日産と契約し四輪レースに参戦するようになる

※歳森氏は2015年2月に逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。




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