川崎重工業の水素戦略

カワサキは水素供給のインフラ構築に向けた実証実験や、水素を燃料とした発電施設の技術開発、そして水素エンジンの開発など、多分野において水素事業を展開している。連載企画『川崎重工業の水素戦略』では、二輪に限らず、カワサキの水素事業の現状を紹介する。

[第2回]水素エンジンの最先端 トヨタ・カローラH2コンセプト

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ヨシムラ

カワサキは長年、水素に関する技術を磨いてきた。現在は、水素供給のインフラ構築に向けた実証実験や、水素を燃料とした発電施設の技術開発、そして水素エンジンの開発など、多分野において水素事業を展開している。連載企画『川崎重工業の水素戦略』では、二輪に限らず、カワサキの水素事業の現状を紹介する。第2回目はクルマを事例として、水素エンジンの現状を解説する。

水素エンジン車とFCV

水素エンジン車は二輪ではまだ市販されていないため、四輪を事例にして、水素エンジン車の最先端事情を解説する。水素を燃料とした自動車用エンジンは2種類に大別できる。一つは燃料電池車(FCV)で、もう一つは水素エンジン車だ。FCVは水素と酸素を反応させて電気を作る電気自動車のこと。水素エンジン車は、ガソリンの代わりに水素を燃焼させて動力を得る自動車のこと。21年のスーパー耐久レースで、カワサキが水素を供給したのは後者の水素エンジンを搭載するトヨタのマシンだ。

FCVと水素エンジン車は、双方でメリットとデメリットが挙げられるが、水素エンジン車のメリットの一つは、既存の技術が使えること。水素エンジンを開発するにあたり、新しい技術を採用する必要はあるのだが、エンジンそのものは既存の内燃機を応用できるのだ。カワサキが21年のスーパー耐久レースで水素を供給したトヨタのマシンは、トヨタ・GRヤリスのエンジンをベースに燃料供給系を変更したもので、エンジン自体は既存のものと大差ないという。

FCVは現在、トヨタ・ミライなどが市販されているが、水素エンジン車については、かつてマツダが水素を燃料としたハイブリッド車を市販したが、広く普及するまでには至らなかった。その水素エンジン車に対して、なぜトヨタが今、レースの場を利用して水素エンジンを開発しているのか。トヨタの豊田章男社長は、スーパー耐久レースの記者会見において水素エンジン車の開発について、次のように語っている。

「カーボンニュートラルに取り組むにあたっての敵は炭素です。決して内燃機ではないと思います。これが正解ですというものが、今は見つかっていないと思います。正解がない時に選択肢を狭め、これがあたかも正解かのごとく持っていくやり方ではなくて、今は多くの選択肢を与え、その選択肢のどこに可能性が出てくるかわかりませんので、ぜひともそのサポートをお願いしたい」

そのサポートは徐々に増え、鈴鹿サーキットで開催されたスーパー耐久レースではカワサキを含む3社が連携して、トヨタのマシンに水素を供給することとなった。

水素エンジン車、カローラH2コンセプト

鈴鹿サーキットのスーパー耐久レースで、水素エンジン車を走らせたチームはトヨタのルーキーレーシングで、豊田社長自ら“モリゾウ”のライダー名で、この水素エンジン車を走らせている。車両はカローラH2コンセプトで、エンジンはGRヤリスの並列3気筒ターボをベースとして、水素用に手が加えられている。

といっても、エンジン自体の構造は基本的にはGRヤリスと同じで、インジェクターが水素を噴射するためのものに変更されている。採用するインジェクターはガソリン用とは構造がまったく異なるデンソー製水素専用品となっている。水素を貯めるためのボンベは樹脂をカーボンで巻いたもので、カローラH2コンセプトはこのボンベを4本積んでいる。ボンベ容量は、満タンで7.3〜7.4㎏の水素を貯めることができ、満タン時のボンベ4本の総重量は150㎏になる。

トヨタは今年、富士スピードウェイ、オートポリス、鈴鹿サーキットで開催されたスーパー耐久レースで水素エンジン車を走らせていて、3戦目の鈴鹿サーキットではGRヤリスと同等の出力特性とトルク特性を実現できている。現在のところ、出力とトルクといったスポーツ性能の開発を優先していて、燃費に関しては今後の課題だという。現在の燃費は、満タン7.3〜7.4㎏で走行可能な距離は、鈴鹿サーキットを8〜9Lapほどだという。

耐久レースでの水素充填方法

レースでは25分〜30分につき1回の水素充填が必要になるそうだが、ガソリン車の給油がピット前で行なわれるのに対して、水素の充填は鈴鹿サーキットの場合はパドックで行なわれていた。水素充填ステーションにはステーショントラックや水素運搬車などが配置されていて、水素充填ステーションを管理する岩谷産業と大陽日酸の作業員がチーム員として水素を充填していた。

水素充填は車両左右2ヶ所から行ない、充填時間は約2分。この充填時間は富士スピードウェイが約5分、オートポリスが約3分といったように、レースを重ねるたびに短縮されてきている。

この水素充填ステーションの一角に、カワサキ、岩谷産業、Jパワーが連携してオーストラリアから運んできた褐炭由来の水素が保管されていた。カードルと呼ばれるケースに20本のボンベが収納されており、この状態で鈴鹿サーキットに運ばれてきた。重量はカードルとボンベ20本、水素を含めて1,700㎏。鈴鹿サーキットではこの褐炭水素の他、福島県浪江町にある水素製造施設FH2Rで製造されたグリーン水素が使用された。

水素エンジン搭載バイクの可能性

四輪用水素エンジンの現状を解説してきたが、今後二輪へ展開される可能性は高いのか。四輪の事例から判断すると、いくつかの課題が見えてきた。既存のエンジンを活用できることは大きなメリットだが、課題の一つは車両への保管方法だ。鈴鹿サーキットのスーパー耐久レースでは、カローラH2コンセプトは4本150㎏のボンベを積載していた。一方バイクの場合、四輪のようにボンベを搭載できる十分なスペースを確保することは難しい。また、重量もできるだけ軽くする必要がある。とはいっても、少量の水素では十分な航続距離を確保できない。これらの課題をクリアできて、かつ実用できるほどの水素をどのように搭載するのか。などなど課題は多い。

ただ、こんな課題は当然二輪メーカーでも検討済のこと。魅力的な内燃機を持っているカワサキだけに、何かしらの規制によりガソリン車を開発できなくなる時代が来ても、燃料を水素に変えた内燃機を作り続けてほしい。

カローラH2コンセプトの排気音。水素エンジンだが、排気音はガソリンエンジンと大差ない
取材協力川崎重工業株式会社
URLhttps://www.khi.co.jp



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